You need to upgrade your Flash Player
2010/8/29 update
バロック建築が数多く残るラグーザのイブラ地区。そのなかで特に興味深いのはサンタ・マリア・デッレ・スカレ教会である。15~16世紀にかけて建てられたのだが、17世紀末に地震の被害を受けたため建物の半分は元々のゴシック様式のままで、半分はバロック様式で再建されたのである。日が暮れてあたたかな明かりが灯る頃、大変珍しい教会が立つこの狭い道を行くと、数百年前からの歴史を刻んだ街並みがひっそりと息づく。
2010/8/22 update
シチリア南東部の街ノートは、後期バロック様式の町々として世界遺産に指定されている。コラード・ニコラチ通りにはその名の由来となったニコラチ館が立ち、建築様式はもとよりバルコニー下のバロック彫刻は必見の価値ありといわれる。確かに卓越した技術には目を見張るばかりだ。高台に向かって一直線に伸びるこの通りは、5月には花祭りの会場ともなり、通りには生花でつくった色とりどりの絵が並ぶ。
2010/8/15 update
エトナ山のふもとに位置する港町カターニアは、シチリアで2番目に大きい都市。火山の噴火や地震に見舞われる度に復興し、今では経済と交通の要所である。この街は、19世紀に活躍し、34歳の若さで夭逝した作曲家ベッリーニの生誕地でもある。その名を冠したオペラ座ベッリーニ劇場は1890年に落成し、杮落としが彼の傑作「ノルマ」だったという。場内に入ると、赤と金の内装がきらびやかで目がくらむほどだった。
2010/8/8 update
風光明媚に加えて、おいしいシチリア料理も島の魅力のひとつだ。ギリシャ時代に栄えた古都シラクーザで、メルカードと呼ばれる市場を訪ねた。野菜や果物、魚介類など新鮮な食材がふんだんに並び、イタリア人の胃袋を支える。目を引いたのは、地中海で捕れた魚だろうか、黒光りする大きな身を手際よくさばく男。両手に刃物を持ち、くわえタバコで、いかにも陽気なイタリア人らしく絵になる。魚はアッという間に解体された。
2010/8/1 update
シチリアで最も知られたリゾートの街、タオルミーナ。標高206mの高台にあるため、紺碧に輝く美しいイオニア海を眼の前に見晴らすことができ、快晴の日には遠くエトナ山が見える。街の東には、映画「グラン・ブルー」のロケ地として有名になったイソラ・ベッラ(=美しき島)が入り江に浮かぶ。避暑や保養はもちろんのこと、スクリーンで見た美しい海を目当てのシネマファンも世界中から訪れる。
2010/7/25 update
アメン神(空気の神)を奉るカルナック神殿。大列柱室と呼ばれる場所には、王族や神々の姿を描いたレリーフや、ヒエログリフなどで埋め尽くされた柱が林立している。高さは15m、太さは周囲を大人11~12人が手をつないでようやく抱えられるほど。そんな石の柱が130本も以上もあるのだ。一体何のために? もちろん宗教的な目的だろうが解明されていない。しかし巨石文化には、人間を超越するような迫力があるのは確かだ。
2010/7/18 update
ルクソールのナイル川西岸にある王家の谷は、古代エジプトの王の墓が数多く集中している岩窟墓群。その数は60以上ともいわれている。写真は、通路から玄室までびっしりと壁画が描かれたラメセス6世の墓。保存状態がとても良いと聞いていたが、本当に数千年の時を経たとは思えないほど鮮やかで驚くばかりである。その描写や彩色の技術のみごとさにも感嘆した。
2010/7/11 update
ルクソール神殿正面にあるラメセス2世の巨大な坐像と高さ25mのオベリスク。ギリシャ語に由来するオベリスクは「針」、「小さな串」を意味しているが、実際のところ何のために造られたのか明らかではない。ただ、眺めていると心打たれるような美しさを感じる。もともとオベリスクは2本あったのだが、1本はパリのコンコルド広場に立っている。1833年にムハンマド・アリがフランス国王ルイ・フィリップに贈ったのだという。
2010/7/4 update
いまは砂漠であるエジプトも昔は海であった。写真はクジラあるいはクジラの祖先の化石である。ここはワディ・エル-ヒータン、別名クジラ渓谷と呼ばれ、進化途上のクジラの化石がたくさん発見されている場所だ。それらが生息していた年代は、古いもので約4000万年前にさかのぼるという。そして、約3700万年前、このあたり一帯はマングローブの森が生い茂る海岸地帯だったそうだが、知っているのはこの化石だけである。
2010/6/27 update
観光の要所であるカイロ。日本人にはあまり知られていないがイスラム都市であり、イスラム世界の学術・文化・経済の中心地として重要な役割を担っている。写真はモカッタムの丘のシタデル(城塞)の中にあるムハンマド・アリー・モスク。このような壮麗なモスクやイスラム教のモニュメントが市内のあちこちに点在し、街全体が博物館のようである。
2010/6/20 update
ギーザの大地に三角のシルエットを重ねるピラミッド。クフ王、カフラー王、メンカウラー王の三大ピラミッドは、遥かな時を経て今なお古代エジプト文明のシンボル。死後の復活を信じた王の墓といわれているが、異論もあり、建造の目的や方法など多くの謎は未だ残されたままだ。エジプト人が駱駝に揺られて通り過ぎる。ここではありふれているが、これと変わらぬ光景が4500年前にもあったと思うと、とても不思議な気がする。
2010/6/13 update
アブ・シンベル大神殿は年に2回、太陽光が最奥の至聖所まで差し込むように設計された。その日は「ファラオの即位日」と「太陽神の生誕日」だったそうだが、現在では元の日付けより1日後の2月21日と10月21日。それは、アスワン・ハイダム建設による水没から免れるため現在地に移築された際、神殿の方向性は維持するよう努力されたのだが若干の誤差が生じたためという。それにしても当時の技術力の高さに舌を巻く。
2010/6/6 update
アブ・シンベル大神殿は紀元前1250年頃、ラメセス2世の命によって建立された。といっても建てられたわけではなく、岩山をくり抜いた巨大岩窟神殿である。正面に鎮座する四体の像は高さが22mもあり、ラメセス2世の即位から晩年までを順にかたどっているという。夜明け前から日の出を待って撮影したのだが、白み始める空の下、次第にその姿を現す神殿は圧倒的なスケールであった。
2010/5/30 update
コルシカ島の西側、アジャクシオ湾入り口のパラーダ岬の沖にはサンギネール諸島という無人島群がある。かつては漁民や灯台守が暮らしていたこともあったらしいが、現在は灯台も自動化され、島は無人だ。名前のある島は4つだけで、他は名もない小さな岩礁が連なる。荒々しい岩肌が青い波に洗われて白いしぶきをあげる、繰り返し繰り返し何度も…。その眺めはなかなかの絶景である。
2010/5/23 update
「ポルト湾」は、コルシカ島の西部に位置する風光明媚な海岸地帯。湾の北側に突き出たスカンドラ半島は、美しい自然と火山活動によって形成された赤岩と絶壁が特徴である。奇岩が連なる名所ピアナは、フランスで最も美しい村の1つにも称される村。そして、切り立った断崖が壮観な小さな入り江、ジロラッタ湾。海が、沈みゆく太陽の茜色に染まる頃、その景観美は一層詩情豊かなものになる。
B

C
