No.05 イルリサット・アイスフィヨルド〔デンマーク〕|週刊 世界遺産×富井義夫 - 最新ヨーロッパの人気世界遺産めぐり

No.05
2014年5月18日

〔デンマーク〕

イルリサット・アイスフィヨルド

Ilulissat Icefjord

 面積は日本の約6倍という世界最大の島。その沿岸に点在する小さな町に5万6000人の人々が暮らしている。それがグリーンランドだ。土地の8割は氷河とフィヨルドでできているため、町と町を結ぶ陸路はない。人々の足になるのは沿岸を結ぶフェリー。食料や物資は輸送船で持ち込まれる。
 そのせいもあってか全般的に物価が高い。航空会社の競争もないせいか、エアチケットも高くつく。そう言うと旅行者にとって厳しいことばかりのようだが、そんな難点を受け容れてでもグリーンランドまで来る価値はある。南極以外ではお目にかかることのできない、圧倒的な氷河の活動を見ることができるからだ。
 グリーンランド語で「氷塊」を意味するイルリサットは、グリーンランドで3番目に大きな町。ポツポツと見える山小屋風の家屋は、わずかに露出した岩山の上に建てられている。
 3番目に大きいといっても、人口は4000人ほど。街の景観に人の姿を写し込みたくても、肝心の人影が見当たらない。その代わり、というわけではないけれど、町のいたるところに体格のいいグリーンランド犬が数頭ずつまとめて繋がれていた。町を結ぶ道がないグリーンランドでは、昔から犬ぞりは重要な交通手段だ。漁師は犬ぞりを巧みに操ってフィヨルドのなかに踏み入り、魚をとるという。
 犬たちはマイナス20度を超えるような気温の下でも屋外に繋がれている。氷点下の世界でも飄々とたたずんでいる犬の姿を眺めていて、ふと冒険家の植村直己さんのことを思い出した。植村さんがイヌイットの村に住み込んで犬ぞり技術を習得したのも、最初の犬ぞり単独行に挑んだのも、そういえばグリーンランドの大地である。
 話をイルリサットに戻そう。
 イルリサットの町は氷塊が海に流れ出る河口に位置している。その地の利があって氷山が見られるわけだが、実はここの氷河は氷塊の流れ出るスピードがかなり速い。次から次へと膨大な量の氷塊が海へと押し出されてくるのだ。
 氷塊は海に出るときに砕けて氷山になる。砕けるといっても、大きいものになれば高層ビルくらいの高さは十分にある。氷山は海面下の方が圧倒的に大きいから、全体の大きさは計り知れない。そんな巨大な氷山が、太陽の沈まない白夜の夜、目の前の海に茫洋と浮かんでいるのである。イルリサットの住民にはごく当たり前の光景だろうが、初めて自分の目で海を漂う巨大な氷山を見たときは、自然はこんなものまで生み出してしまうのかと立ちすくみ、全身に戦慄が走ったことを覚えている。
 氷山は湾内の海流に揉まれているうちに、さらに砕けたり割れたりして、流氷となって漂ってゆく。岸壁の近くには無数の流氷が漂っているが、流れが速いせいか、次に見たときにはまったく違う形の流氷が押し寄せていて見飽きることがない。
 翌日、流氷の海に船で漕ぎ出してみた。溶け始めた流氷が丸みを帯びた独特の形を生み出している。そんな流氷があちこちに浮いていて、辺りは氷のオブジェが漂う展覧会のよう。アイスブルーに輝き、海中に沈んだ部分まで透けて見える氷塊は、鳥肌が立つほどの美しさをまとっている。
 これまでイルリサットを訪れたときは、ひどい曇天に悩まされてきた。それが今回は好天に恵まれ、上空では連日、華麗な光のショーも繰り広げられた。オーロラの出現である。
 見上げる夜空に淡い帯が現れたかと思ったとたん、それは瞬く間に広がって幻想的な発光を見せ始める。光の帯は氷山に反射し、うねりながら刻一刻と姿を変えてゆく。その間、数分だろうか。やがて光は収束し、周囲はなにごともなかったかのように元の静寂に包まれていった……。
 氷河とフィヨルドの地には、そびえ立つ宮殿も、古くていかめしい城や城壁もない。ここにあるのは神秘的なまでに美しい、自然の圧倒的な情景だけ。その壮観な眺めにしばし酔いしれた。
富井義夫




アクセス:イルリサット・アイスフィヨルド〔デンマーク〕 【所在地】
デンマーク領グリーンランドの西海岸、同島第3の都市イルリサットの南に位置する。

【アクセス】
グリーンランド南西部にあり、カンゲルルススアーク空港からイルリサット空港まで飛行機で約40分〜1時間30分。またはアイスランド・レイキャビク空港からイルリサット空港まで直行便で約3時間15分。町からアイスフィヨルドまでトレッキング・コースがある。