vol.37
2012年12月9日

平泉 - 浄土思想を表す建築と庭園

[日本]

vol.38
2012年12月16日
vol.36
2012年12月2日
京都に拮抗する繁栄を誇った
奥州藤原氏の一大理想郷
■世界遺産登録名/平泉 - 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群
 11〜12世紀にかけて、日本には京都に並び立つ強力な政治・経済力をもった拠点があった。奥州藤原氏が率いた平泉である。
 戦乱の世が明けると、初代藤原清衡は仏の世界(浄土)を現世に表現した理想郷の造営に着手した。そのひとつが毛越寺(もうつうじ)にみられる浄土庭園だ。遺構をもとに再現された遣水(やりみず)が、庭園内を優雅に蛇行しながら流れている。そのさまを見ていると、ゆったりと落ち着いた心持ちを抱いてしまう。
 有名な中尊寺金色堂へは、杉の巨木が立ち並ぶ参道を登る。深閑とした古道を歩いていると、奥州藤原文化の世界に足を踏み入れつつあることが実感として沸いてくる。参道を登りきったところが金色堂。現在は新覆堂のなかにあるが、室町時代から500年間、金色堂を覆い守ってきた旧覆堂(移築現存)も一見の価値がある。
 栄華を極めた平泉だが、源義経を匿ったことを口実に義経の兄・頼朝に攻め入られ、1189年、奥州藤原氏は滅亡した。
 それから500年後、松尾芭蕉が奥の細道の道中に平泉を訪れている。金色堂の隣には、そのときに詠んだ芭蕉の句碑が立っている。
̶̶—五月雨の降り残してや光堂




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