vol.55
2013年4月14日

悲しみの遺産 ヒロシマ原爆ドーム

[日本]

vol.54
2013年4月7日
被爆者とともに原爆を体験した
ノーモア・ヒロシマの象徴
■世界遺産登録名/原爆ドーム
 抜けるような青空が広がり、直射日光が肌を刺すように暑い瀬戸内の夏。1945年8月6日、広島の運命を決したのもこの好天だった。この日、米軍の気象観測機は原爆投下候補地だった小倉、広島、長崎を偵察。第一目標の広島は好天という情報によってB29が広島に飛来。上空約600メートルで原爆が炸裂し、街は壊滅した。
 爆心地から160メートルのところにあった原爆ドーム(当時は産業奨励館)が倒壊しなかったのは、真上から火の玉が襲ったため。熱に強い鉄骨と垂直方向の厚い壁がかろうじて残ったのである。
 それから15年後、1歳で被爆し16歳のとき白血病で亡くなった少女が「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世にうったえかけてくれるだろう…」と日記に書き遺した。これをきっかけにドーム保存の気運が高まり、広島市議会は永久保存を決議する。その後、1996年には世界遺産に登録された(アメリカは登録に強く反対したという経緯がある)。
 8月6日の夜、未来に願いをつなぐ灯篭流しが行なわれていた。被爆者とともに原爆を体験したドームが水面に映る。この建物が残る意味を大勢の人と共有できたら、と切に願った。




vol.54
2013年4月7日